山本五十六海軍大将の戦死

昭和18年(1943年)4月18日、ちょうど68年前の今日、山本五十六海軍大将が米軍戦闘機、P-38ライトニングによって撃墜され戦死された日である。
山本五十六海軍大将の戦死

山本長官の行動予定は13日に各地へ連絡され、この無電は米軍の暗号解読班に解読されていて、長官がバラレ基地に向かう途中、ブーゲンビル島上空で撃墜されてしまいます。

米軍は日本の真珠湾攻撃以前から日本海軍の暗号を解読しており、日本海軍の行動は全て把握していた。
これは、ABCD包囲網とハルノートによってアメリカが意図的に日本を戦争に引きずり込もうとしたからである。
だから、日本軍の動向を知る為、暗号は開戦以前から解読されていたのだ。


日本海軍は以前から、暗号を解読されているのではないか・・・と感じていたのですが、組織の硬直化によって現場からはなかなか言い出せない状況だった・・・と言われてます。

そして、山本長官の戦死で解読されている事が明白になった。・・・・しかし、この時期では打つ手は無くなっており、対応は出来なかったと言う事のようです。

日本海軍の組織自体がもう少し、風通しがよく・・・暗号が解読されているのではないか・・と、現場の意見が言いやすく、またその意見を受け入れる柔軟な組織であれば、戦局も変わっていたのかもしれません。

不本意ながら・・この時期の日本海軍の組織は、衰退してゆく会社・・・如いては、現在の日本国政府に似ているのではないか。

上に対して、我が身を顧みず意見を言う体質が無くなったら・・お終めぇよ!!

分かってますか!? > ガン直人




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