シナという言葉は危険なナショナリズム?
細野豪志の歴史観レベルが分かります。
平成24年11月12日の衆院予算委員会で細野豪志政調会長(当時)が石原元都知事の名を上げ、「シナ・支那というのは危険なナショナリズムだ!!」
「日本は危険な方向に向かっている」と言っていた。
(危険な方向へ向かっていたのは・・・細野豪志!お前だ!!)
で・・・この民主党の幹事長である細野豪志の歴史観は、シナ中狂が主張するそのものではないか?
じゃ、シナという言葉は差別用語であり、危険なナショナリズムを誘うものなのか!?
私の持っている戦前に書かれた本、数冊にシナと言う言葉の由来が書いてある。
シナの由来が書いてある本
左から「支那の歴史」1938年星一著、「支那の歴史と文化」1939年ラトウレット著、「支那通史」1940年ホークポット著。
「支那の歴史」星一著の支那の由来。
(星一氏は野口英世を無名のころからサポートした人であり、星薬科大学の創始者で学者でもある。)
支那とは・・
外国人が秦の名を訛って呼んだ名称である・・
秦をチン(chin)と云い、のち更に転じてチナ、又はチャイナ(china)と呼んだのがインドや欧州に伝わった。
だから支那から見た、外国人である日本人が支那と言っても何もおかしい訳じゃない。
しかし、この星一著書の「支那の歴史」は昭和13年3月に出版された本であるが、支那についての記述は実に面白い。
面白いというか・・・この本に書かれてるシナ人のメンタリティは、現在の支那人そのものだ。
現在この本が入手できるかどうかは分からないが、一度読んでみてはどうだろうか?
支那人の本質が現在も何も変わらないことが分かるだろう。
余談ではあるが、この支那の歴史書三冊・・・南京攻略後に書かれた本であるが、支那の言う南京大虐殺のことは一行も書いてない。
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